山梨学院パブリシティセンター
 
平成29年度「創立者古屋賞」に三人が受賞
〜レスリング・木下、ホッケー・河村、将棋・カロリーナさん〜
〜スポーツ、文化芸術で顕著な結果を挙げ、大学の名声を高める〜

3月15日に挙行された平成29年度山梨学院大学・同大学院、短期大学・同専攻科合同卒業式において「創立者古屋賞」がレスリング部の木下貴輪さん、ホッケー部の河村元美さん、社会科学研究科、将棋・プロ資格女流1級取得のカロリーナ・ステチェンスカさんの三人に授与された。「創立者古屋賞」は、当該年度の卒業生の内、学術・文化芸術・スポーツ・資格・社会活動、その他の分野において学生の範となる顕著な結果を挙げ、山梨学院の名声を高めた学生に授与する制度。今回のアクティブは「創立者古屋賞」を受賞した三人に受賞の喜びや、今までの活動を振り返って貰い、将来への抱負などを聞いた。

木下貴輪さん(きのした きりん) 1995年5月11日生まれ 22歳 東京都出身。
鹿児島県鹿屋中央高⇒山梨学院大法学部法学科卒業。卒業後はクリナップ株式会社に所属。

木下さんの受賞理由は、文部科学大臣杯全日本学生選手権大会で2度優勝(平成27年・29年)。内閣総理大臣杯全日本大学選手権大会フリースタイル70s級個人3連覇(平成27年〜29年)。また、東日本学生リーグ戦で4年生時に主将として5連覇に貢献、最優秀選手賞を受賞した。これらの成績により、「創立者古屋賞」が授与された。これに対して木下貴輪さんは「山梨学院に入っていろいろな方に支えられて獲れた賞だと思うので、支援してくれた皆さんに感謝してこれからの社会人のレスリング人生に弾みをつけたいです」と将来への励みにする。木下さんは学生の大会では実力を発揮してきたものの、社会人との大会では後一歩頂点には届かなかった「勝ちきれなかったことは、精神面の弱さが大きいと思うので、大舞台で自分のレスリングをするのが上手い後輩の乙黒(圭祐)や藤波(雄飛)から見習う点も多くあるのでもう一度自分を見つめ直し、地力をつけてどんな状態でも負けない強さを身に着けたい」と抱負を語った。

レスリングは東京時代の小学校1年生の秋、身体があまり丈夫ではないことから親の進めで始めた。直後に鹿児島県に転居したがレスリングはそのまま継続、鹿屋中央高校3年の時にフリースタイル66kg級全国高校選抜、インターハイ、国体を制し高校三冠王に輝いた。山梨学院大に入学後、「レスリング部は1年生から伸び伸びと自分の練習に集中できる環境でした。きついことも多かったですけど、あっという間の4年間でした。周りにも階級が近い強い選手がいて、毎日の練習も充実していたので恵まれていました」と山梨学院での練習を振り返る。木下選手は、2年目からめきめきと実力を発揮し始め、学生二冠王者に2度輝いた。卒業後は実業団に所属し、練習は山梨学院で行う。「練習環境は変わらないので、そこにプラスアルファを加えないともう一つ上の段階には行けないので、栄養面、コンディショニングなど練習以外のことでもしっかり自分で考えてやることが社会人になってから必要と考えています」と課題に挙げる。「東京五輪を目指すには最終的には階級を一つ上の74s級に挙げ、もう一回り身体を大きくしなければ海外でも戦っていけないので、せっかく社会人になってこのような良い環境をもらっても自分で活かせないとだめだと思うので」と東京を思い描く。当面の目標は70s級で6月の明治杯全日本選抜選手権に優勝し、10月のハンガリーで行われる世界選手権出場を目指す。

河村元美さん(かわむら もとみ) 1996年3月6日生まれ 22歳 大阪府岸和田市出身 羽衣学園高校⇒現代ビジネス学部卒業。 卒業後はコカ・コーラボトラーズジャパン(株)に所属。

リオ五輪ホッケー女子最年少出場が主な受賞理由になった「創立者古屋賞」について河村元美さんは「ホッケーというあまり知られていない競技で表彰されるのはすごくうれしいです」と素直に喜んだ。ホッケーを始めたのは、中学2年の時。帰宅部だった河村さんは、友だちに“助っ人に来て”と誘われたのがきっかけ。「やってみたら楽しかったので入りました」。その後、ホッケー強豪校の大阪羽衣学園高では1年生の時からレギュラーで出場。高校2・3年の時にU―18(18歳以下)日本代表。山梨学院大学に進学後も1年からレギュラーの座を掴み、その年にU−21(21歳以下)の代表に選ばれるなど才能を磨いてきた。その後も関東学生リーグ、大学王座、インカレ、などで優勝に貢献した。河村元美さんは「山梨学院を選んでここに来たことは、良かったと思うし正解だったと思います。環境も良かったですし、ここで成長させてもらいました」。157cm、54kgと小柄ながらゴール前のポジショニングや決定力に優れ、2016年夏のリオ五輪に最年少の20歳でホッケー女子『さくらジャパン』日本代表に選出され、大会でも活躍した。「もともとオリンピックは目指してなくて山梨学院に来たのですが、そういうものを意識させてくれたのもジョン監督だったので感謝しています。「チームにいない事が多かったですけど、合宿に行く時、帰ってきた時に温かく見送ってくれたり迎えてくれたり、居やすい環境を先輩とかも作ってくれたので良いチームに恵まれたのかなと思います」とチームメイトの後押しにも感謝する。数多くの大会、試合でプレーを続けてきて、「オリンピックと3年の時のここでの(山梨学院ホッケースタジアム)インカレ優勝が一番良い思い出です」と4年間を振り返った。

4月から実業団に所属するが「今、実際にチームに入って試合とかしているんですが、まだちょっと遠慮というか、みんなに合わせようとして自分を出せていないという部分を感じているので、あまり遠慮せずにやっていきたいです。得点はどんどん取っていきたい」と意気込む。「リオ五輪が終わった時から悔しい気持ちは変わっていなくて、東京五輪では自分たちの世代が結構メインになってくると思うので、中心となり頑張りたい」と東京五輪での目標を掲げた。

カロリーナ・ステチェンスカさん 1991年6月17日生まれ 26歳 ポーランド・ワルシャワ出身 経営情報学部編入⇒大学院社会科学研究科卒業。卒業後は東京へ転居、将棋に打ち込む。

カロリーナさんは2013年、外国人女性として初めて研修会に入会。2015年10月1日、女流3級として将棋界初の外国人プロ棋士誕生が大きな話題となった。2017年2月20日に女流2級に昇格し正式に女流棋士として認定された。その後、1級昇級条件を満たし、4月1日付で女流1級に昇格し、現在は念願の女流初段を目指し、山梨と東京を行き来し、将棋の普及にも力を注いでいる。それらの活動が山梨学院の名声を高め、その努力を称え「創立者古屋賞」を授与した。カロリーナ・ステチェンスカさんは「すごくうれしく誇りに思います。来て良かったです。自分の力だけではできなかったです。山梨学院大学が助けてくれてプロになれましたし、これからもいろいろな活動もできます」と喜びを語った。知名度の高さから2016年にカロリーナさんは『甲府大使』に任命され、甲府市のPRにも一役買っている。

カロリーナさんと将棋の出会いは、16歳の時。漫画「NARUTO(ナルト)」の中で登場人物が将棋をしている場面があり、チェストとは違い『とった駒が使える』ことを不思議に思い、インターネットで調べ興味を持ち熱中していった。そして20歳の時、プロ棋士に招待され2012年に初来日、2014年に山梨学院大学経営情報学部3年に編入した。2016年に大学院社会科学研究科に進み、その間、大学院で経済や日本語を学びながらインターネットでの対局、週末には上京して研修会での対局で腕を磨いてきた。

昨年3月に初段を目指したが叶わず、「惜しいところで昇段なりませんでしたが、勝負運が大事だから少し運が足りなかったと思います」と現在も挑戦中だ。4年間慣れ親しんだ山梨学院の印象は、「悲しい気持ちがいっぱいです。好きな大学と離れるから。私の思い出はこの大学にいっぱいあるので、友達もたくさんできましたし、日本文化も知るようになって日本語も勉強して、いろいろな良い思い出がいっぱいここに残っています」と思いを寄せる。「今は日本語もだいぶ分かるようになって自分一人で生活もできるようになり、東京に引っ越ししても大丈夫です。それは山梨に住んでいたおかげです」と東京での新しい生活にも期待する。「今のすぐの目標は強くなることと初段になること。それ以外は、将棋を世界に普及したいのでいろいろな活動にも取り組んでいきます」と世界中から将棋ファンが集まる大会開催を思い描く。

木下・河村さんは、山梨学院から次なるオリンピアンの仲間入りを目指し東京五輪で活躍することを。カロリーナさんは、外国人初のプロの女流棋士としてタイトルを獲得することを視野に山梨学院から世界に向けて巣立っていった。頑張れ!三人からの朗報を待ちたい。

文(K.F) カメラ(平川大雪) 2018.3.20
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