山梨学院パブリシティセンター
 
関東インカレ陸上100障害で田中初優勝
〜山学陸上短距離強化3年目に初の優勝者〜
〜競技を通じて多くの人を笑顔にしたい〜

5月24日から27日の日程で神奈川・相模原ギオンスタジアムで行われた陸上の「関東学生対校選手権」(関東インカレ)2日目に女子100m障害(ハードル)に出場した山梨学院大学の田中陽夏莉選手(2年)が初優勝を飾った。山梨学院大は、2016年にスポーツ科学部を創設と同時に従来の陸上競技部中長距離種目に加え、短距離・跳躍・投てき種目の強化をスタートし、3年目にして初めての優勝者を輩出した。優勝した田中さんは、高校3年生の時、関東大会の同種目で優勝、インターハイでも2位となる実力者で山梨学院でも活躍する選手として期待され入部した。昨年の関東インカレでは7位と不本意な結果で終わったが、課題を修正し今大会、初の優勝を勝ち取った。今回のアクティブでは田中さんにレースを振り返ってもらい、優勝の喜び、これからの競技への取り組みなどを聞いた。

田中陽夏莉さん(たなか ひかり スポーツ科学部2年 19歳)。埼玉県朝霞市出身。国際学院高校卒業 家族構成は両親と姉、本人の4人家族。

関東インカレ大学対抗戦で男子が2部、女子が1部のみで構成され、1部下位2校と2部上位2校の入れ替えが行われる。山梨学院は男女とも1部に所属し、男子は16校、女子は35校の間で各種目順位による得点で争われる。山梨学院陸上競技部は、中長距離を中心に活動してきたが、2016年にスポーツ科学部創設に合わせ、短距離・跳躍・投てき種目を加え強化を始めた。今大会対抗戦も男子総合8位、女子は総合9位と個人の力のレベルアップにより昨年を上回る成績を残した。

女子100m障害(ハードル)に出場した田中さんは、大会1日目の予選、大会2日目午前に行われた準決勝をトップ通過した。午後に行われた決勝では、スタートがあまり得意でないという田中陽夏莉さんは「苦手なスタートがあっても大好きなチームのみんなに喜んでもらえるような結果を出したい、一人でも多くの人に笑顔になってもらえるようなレースをしたいと思いスタートラインに立ちました」と語った。レースは一つレーンを挟んだ選手と最後まで競い勝敗は分からなかったという。結果は田中さんが日本学生記録(13秒15)に迫る13秒17(追い風4.8b参考記録)を叩き出し、中央大の選手を100分の3秒上回る好記録でテープを切った。「負けたと思ったんですけど、電光掲示板に自分が映し出されたのでビックリしてしまいました。1番になれたと少しほっとした部分もありますし、うれしかったです」。ハードル競技は、台間の正確な歩幅が鍵。詰まっても開いても記録に影響する。この日は追い風が5b近く、風に押されて走りづらかったと田中さん。「もう少しいい条件であれば学生記録を超えたと思う」と振り返った。こんなエピソードも明かしてくれた。レース後に報道陣の“自信はあった?”という問いかけに「恰好つけて“自信ありました”と言ってしまったんですけど、本当は全然なくて負けたくはないなという気持ちと、チームのみんなの喜ぶ顔がみたかったので1番でゴールしたいなと思っていました」と笑顔で話した。山梨学院大短距離勢初優勝については「短距離ではまだ誰も優勝したことがないと聞いていたので最初に優勝できたことはすごくうれしかったです。2番目、3番目ですとただの優勝した人になってしまうので、一番ですと今後も名前が残るのでうれしいです」と素直に喜びを表した。

田中さんと陸上の出会いは中学時代。もともと小学校で始めたテニスで部に入ろうか迷っていた時に友人に誘われ入部した。長身の体躯を活かしてハードルを中心に中学時代には、3年時に関東中学校大会優勝、全国中学校大会では5位の成績を残している。高校に進むと2年の時には怪我で満足な練習を積めずに苦しんだものの、3年生では関東高校陸上大会優勝、インターハイでは2位となり誰もが認める実力者となった。山梨学院に入るきっかけは、陸上を始めた当時から知る山梨学院大陸上部短距離コーチ・太田涼スポーツ科学部准教授の勧めがあったから。太田コーチは、埼玉大学陸上部のコーチを長年務め、アジア陸上選手権や世界リレー選手権日本代表選手団短距離コーチ、国民体育大会埼玉県陸上競技選手団の監督などを歴任、中学生、高校生時代から選手としての田中さんを見てきた。田中さんは「太田先生が山梨学院に移ってから強化に力を入れた部ということですごく惹かれました。まだ歴史が浅く始まったばかりなのでそれが楽しみでした。自分がそのなかで名を残したい、自分が良い伝統を残したい。自分らしく楽しくやりたいと思いました」と陸上競技に懸けるやりがいを熱く話した。

大学2年目の今年。今大会を前に、さらに走ることに楽しみを見出した田中さんは「走るということを昨年以上に楽しめたなと思います。冬にトレーニングを積んできて成長した部分がたくさんあるし、一台目(ハードル)までの入りを8歩から7歩に変えたのも自分の中では、技術的な成長だと思うのですけど、何よりも心が昨年より前向きになったと思います」と競技に対する姿勢が大きく変わったと実感する。しかし、まだまだ課題は多い。スタート合図が鳴って足が離れるまでをリアクションタイムというが、田中さんは自身を評して出場した選手の中で反応が一番遅いと苦笑いする。「苦手なスタートから3台目までの流れが良くなく課題なのですが、持ち味は後半の走りにあるので、前半でみんなについていけたら上出来な日です。そこまで揃えていけたら絶対勝てると自信を持っているのでスタートが良くなればすごくなるかも知れません」と屈託のない笑顔で話す。そんな田中さんだが、勉学と厳しい練習を繰り返す毎日の中に小さなゆとりを見出している。現在はまっている趣味が写真撮影。月に一度ぐらい遠くに出かけて写真を撮ることで自身をリフレッシュする。また、普段はキャンパスの周辺を何も考えずに一人で散歩することも好きという。

陸上シーズンが始まり大会が目白押し、「6月中旬に昨年も出た日本学生個人選手権があり、まだシニアの選手とまともに戦えていないので自分らしい走りをしてメダルが獲れたらいいなと、それが今の一番の目標です」。2年後の東京五輪に話を振ると。「まだ、まったく考えていなくて、みんなのようにたくさんのキラキラするような結果を残していませんし、簡単にオリンピックと言える位置にはいないので、目の前のことを一歩ずつ確実にクリアしていけば自分の手の届くところにオリンピックが見えて来ると思うので、まだまだこれからだなと思っています」と控えめに語る目には山梨学院短距離勢を牽引しようとする堅い意志がうかがえた。将来は「私は子どもが好きなので子どもにスポーツ指導をしたい」と目を輝かして語る。「人を笑顔にしたい。笑顔のお手伝いをしたい。1回でも多く、近くの人を笑顔にしたい」。インタビュー中に自身の素敵な笑顔とともに何度も“笑顔”という言葉が発せられた。話を聞いている筆者もつられて笑顔になり幸せな気持ちになった。

文(K.F) カメラ(平川大雪) 2018.6.1
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